当前位置:首页 >> アンリリースト・マテリアルズ Vol.2 >> 歌曲列表 第1页
アンリリースト・マテリアルズ Vol.2

アンリリースト・マテリアルズ Vol.2

マンドレイクは、日本のプログレッシヴ・ロックのカリスマ的存在であり、クリムゾンのヘヴィネスと日本的情緒の融合はシーンを揺るがすに充分なものであった。 マンドレイク最後期に平沢進個人で制作された傑作「いりよう蜂の誘惑」を収録。 平沢進サウンドの源流がここにある。 マンドレイクとは まあ、通常いきなり2を購入する方も珍しいだろうが、かといって2枚組でない以上バラで接する方のために、説明だけ入れさせて頂く。 マンドレイクとは平沢進が73年から79年まで在籍した4人編成のバンド。ベーシストを除くメンバー3名はその後にP-MODELと改名し、80年代初期にあのテクノ・ポップ・ブームを巻きおこした。 ところが彼等の音楽は「素人がアイデアー発でリズムボックスとシンセで作った」といった、パブリックなテクノ・ポップのイメージに全く相反するシリアスで複雑な構成を持っていた。歌詞も現代文明をシニカルに、といったステレオタイプのものではなく、何層にも解釈出来そうな含みを持つ意味深なものだった。 このためいわゆるテクノ・ボップ・ブームが過ぎ去った後にも、P-MODELは次々と音楽性を革新し、89年から平沢進はソロ活動も開始することになる。 彼の近年の作品は毎回トータルなテーマを持ったコンセブト・アルバムとして制作されており、ライヴでは巨大スクリーンを通してCG越しに演奏をする、というインタラクティヴ・ライヴなどを行い、その活動のスタンスの特殊性は他に類を見ない。 これらの要素は全てこの前身であるプログレ・バンドの概念が源流となっていると言えよう。 当然、彼には熱心で確固たるファンも存在するのだが、日本のロック黎明期とでも言うべき70年代におけるマンドレイクに関しては、全く音/活動の記録が残されておらず、今まで正に幻の存在であった。(同時期に東京近郊で活動していたプログレ・バンドである新月や美狂乱は幾つかの発掘音源がリリースされている。) ロックという音楽形態が日常レベルに浸透していなかった70年代の日本においては、さらにマイナーかつ演奏内容が複雑なブログレッシヴ・ロック・タイブの音楽は商業的に成立しよう筈もなく、楽器不足、演奏者不足、観客極少数、出演場所なし、に加えて技巧と練習だけは通常のロックの5倍かかる、というウルトラ逆境状態の中での活動だった。 当時レコード制作のハナシが無かった訳ではないが、実際の録音までには至っておらず、今回収録した音源も基本的には発表を前提としたものではなく、曲完成のための録音つまりデモ・テイクとライヴであることをお断りしておく。 まあ今やりたい事が山ほどある現役のクリエーターが20年も前の自分が十代だった頃のバンドの録音を公開するのはまあ絶対にイヤだろうなというのは解っていたんだが、もう時効だからと説き伏せて当時の楽曲披露にこぎつけた。 すでに第一弾が発売されているが、70年代殆どにおよぶ活動期間の音楽がCD1枚に収まりきろうはずもなく、これは続編というかもう半分の秘蔵録音である。 無理も一回通せば道理になるのだ。 それでは個々の曲を解説していこう。 ■MANDRAGORA 冒頭を飾る“MANDRAGORA”はタイトルからしてバンドの代表曲ともいえる存在で、ライヴにおいても重要なレパートリーのひとつであった。静かな導入部から一転して細かなキメの連続複合ワザとも言える各パートの応酬に突入し、スローダウンの後、前半の歌が始まる。 ここで聞けるのは80年代の平沢進が意図的に避けていたと思われるシアトリカルな歌詞と歌唱スタイルで、表面上は近年のソロ作品に通じる情景描写的なものだが、決定的に異なる部分は感情移入の有無である。勿論現在の平沢進の歌が無感情という訳ではなく、そこには既成の文法をあえて用いない世界の展開があるのだが、この20年前の曲では当時の裏文法だったともいえる、精神的裂け目を描写するシュールな抑揚が歌の根底に流れている。 金属質のメロトロン音色によるストリングスと、ロバート・フリップを彷彿させる点描ギター・フレーズが加速する中盤を経て、メンバー一丸となって突入するクライマックス部分は、前半に張り巡らした伏線がたたみ込まれるようにいっきに収束し、全くもって鳥肌モノ。 ■TALES FROM PORNOGRAPHIC OCEAN タイトルだけは勿論イエスのもじりだが、曲自体は全くのオリジナル。バンド後期のライヴでは本物のガイジンを使った英語のナレーションと女性のアエギ声をSEとして使用したりもしていた。(今回のテイクには収録されていない。) ミディアム・テンボのヒネったリフとスピード感のあるパートが交互に連鎖して展開してゆくという彼等の得意な構成。リック・ウェイクマンはだしのアナログ・シンセの太い音色が時代である。80年代以降ほとんど真面目に弾くことのなくなった、平沢のうなりをあげるギターが聞きもの。叙情的と形容したいのだが、なにか違和感があるのは、湿りっ気の無さであろう。マンドレイクにおける叙情性は、あくまでカタストロフに至る前段階の対比といった性質を常に持っている。 たのだが、これはハッキリ通常の「叙情的視点」の曲だったために発表の許可が出なかった。個人的には好きな曲なんだが、確かにいくら時効とはいえ本人が失敗作と考えているものを無理強いは出来ないわなあ。 ■流れの果てに イエスやキング・クリムソンといった、70年代にスタイルを築いた大御所のプログレ・バンドの作品を今聞いてみると、意外なほど単純でまっとうなロックに聞こえるものだ。 あれがマイナーに位置されていたと思うと、当時は類型のポップスでないものがいかに差別化されていたかという事になるが、現代の音響派だのジャングルだのストレンジだのの概念逸脱( にくらべると「1 圧倒的に根がロック」なのに気付く。(注:「根性ロックに非ず」) ボレロのリズムで幕を開ける"流れの果てに"で展開される細かなフレーズの交錯は、しかし大きな物語を内包してクライマックスに昇ってゆく。注意されたい点は奇数拍子にせよ細かなユニゾンにせよ、スポーツ観戦的スリルが主目的なのではない点。ここに技巧が主目的となったフュージョンとの最大の差異がある。80年代P-MODELになってこういうスタイルから転身したかに見えたものの、実は「何をやっても意味があるように受け取れてしまう」というこの時代からのクセは現在まで変わらない平沢進の特徴といえる。 ■いりよう蜂の誘惑 今回マンドレイクの音源を公開するさい併せてどうしても収録したかった曲。この曲はマンドレイクの最後期ともいえる78年に平沢進が個人で制作したもので、某雑誌のシンセサイザー・コンテスト的な企面のために作られた。評者の富田勲(当時既に大先生)に「構成力抜群、多重録音のやり方がうまい。ウィットに富んでいるしアイデアもいい。オーディオ的な音作りがわかっている」とベタ褒めされていた。 冒頭のギミックっぽいSE音からコンパクトに数回の場面変化をくりかえし、ちゃんと収束感をもって終了する。実験音楽にありがちな眉間にシワを寄せたような圧迫感がなく、ユーモアさえ感じられる、という非常に巧妙な作りの作品。 当時平沢進はシンセを持っておらず、キーボードの田中靖美に借りて数日のうちに4チャンネルで録音したとのこと。これはやはり才能としか言えまい。 この曲からクラシックをモチーフにシンセのアタック音で再構成した「配線上のアリア」というアルバムを経過して、その後の活動に至るというミッシング・リンク的存在の曲。 同企画には後にヒカシューに参加することになる井上誠や、アフター・ディナーを経過して現在も自作電子機械を暴走させているDr.宇都宮もエントリーしていた。まったく、出てくる人間はでてくるモンである。 当時のライナーに記されていた小文が既に平沢語になっているのが興味深い。以下その再掲。 『いりよう蜂の誘惑。入りよう蜂はどこから来るの?人の頭に飛んで来て、しきりに誘惑するのです。「ブンブンおまえにはあれが入り用だから、何としてでも手にせにゃならん、どーだどーだほしかろうブーン」。このごろは、世界の国へ飛んできて、しきりに誘惑するのです。「ブンブンこのぶんじゃ、この国あれが入り用だから、何としてでも手にせにゃならん、どーだーどーだほしかろうブーン」。とうとう会議に飛んで来て、しきりに誘惑したのです。「ブンブンいかにもそれは、入り用だから、何としてでも作らにゃならん、何としてでも作らにゃならん……」。」 中野泰博

专辑歌曲列表

共有4
1

声明:本站不存储任何音频数据,站内歌曲来自搜索引擎,如有侵犯版权请及时联系我们,我们将在第一时间处理!

DJ舞曲串烧免费下载网,发布啦!立即体验!