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ひとりで生きてゆければ

ひとりで生きてゆければ

「ひとりで生きてゆければ」はアルバム『SONG IS LOVE』[1]に収録されるが、アルバム収録曲と同内容。この曲は後に小田がシングル「遠い海辺」[2]のカップリング曲としてセルフカヴァーしているが、そこでは歌詞が一部書き換えられている。ベスト・アルバム『自己ベスト-2』[3]収録に際し、再び元の歌詞に戻された。 このシングルより、プロデューサー武藤敏史の紹介で、武藤が以前ディレクターを担当していた“ザ・ジャネット”の元メンバー大間ジローがレコーディングに初めて参加した。そして発売日の1976年5月5日、オフコースに加入する。 1975年12月、渋谷ジァン・ジァン、新宿ルイードでのコンサートをもって解散したザ・ジャネットは、最大の理解者だった武藤にとって、彼が初めて一から育て上げたミュージシャンだった。彼らの道が開けるように尽力したが及ばず、解散を思い留まらせることもできなった。特に大間と松尾一彦の力を評価していた武藤は、彼らが再び音楽をできる場を掴めるように望んでいた[4]。 1976年2月25日、その頃喫茶店やスナックで昼夜掛け持ちのアルバイトをしていた大間を久しぶりに誘った酒の席で、武藤は彼を明日行われるレコーディングに誘った。「俺、叩くなら無理ですよ。ロックンロールしか叩けないし、いろんなことできないから」と渋る大間に武藤は「いいから、とにかくスティックだけ持って、来い」と言った。翌日、東芝EMIスタジオに来た大間に武藤は「わからないことがあったら何でも、小田さん、鈴木さんに聞けばいい」と言い、鈴木の曲(「あいつの残したものは」)を一曲目、二曲目に小田の曲(「ひとりで生きてゆければ」)をそれぞれレコーディングした[4]。 武藤によれば「この曲は『歌を捧げて』や『老人のつぶやき』のような静かな曲の系統に近いが、その中に新鮮なビートもあり、彼らの多用な音楽的な側面のうち、“静”の傾向の曲を代表するもの、その真髄を示す曲だといえるとも思うし、僕の大好きな曲のひとつでもある」[5]と語っているほか、大間の加入については「この曲のレコーディングからドラムの大間ジローが参加していることも、オフコース史のひとつのエポックになったと言えると思う。僕も小田、鈴木の両氏も常々、レコーディングのたび考えていたことなのだが、『ハイ、やりましょう』と言ってスタジオ・ミュージシャンが入って来て音を録る。そして終わったら『お疲れさま』と言って別れるというのじゃ、音楽を創造する人間としてはあまりに寂しい話じゃないだろうか。やはり作者の意図を充分に汲みとって、より完全な表現をしてもらうためには、普段から人間的な面での付き合いもあるミュージシャンの方がいいし、さらにステージでいつも一緒に演奏してくれるミュージシャンが必要でなかろうかと…。そのための第一弾として、僕が(大間)ジローを紹介し、オフコースに加入する橋渡しをしたわけである」[5]と当時を振り返っている。 「あいつの残したものは」は、「ひとりで生きてゆければ」と同じセッションでレコーディングされたが、このシングルのみでの収録曲。アルバム『ワインの匂い』[6]収録の「あれから君は」の後日談のような歌詞である。 現在は非喫煙者の小田が、タバコを手にしている写真が歌詞カードに使われている(自著『キャディ』[7]によれば、禁煙したのは29歳のとき)。

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