松任谷正隆
1971年、吉田拓郎のアルバム「人間なんて」にミュージシャンとして参加。以降吉田拓郎のアルバムやライブにおいてキーボードを担当。 1973年、細野晴臣・鈴木茂・林立夫と「キャラメル・ママ」を結成。その後キャラメル・ママのメンバーを中心にティン・パン・アレイに移行。 1974年末、谷山浩子の「お早ようございますの帽子屋さん」の編曲の仕事に関わったことから本格的にアレンジャーとしての活動を始める。ただし、この仕事は最終的に萩田光雄の手によるものとなっている。 1976年11月29日、横浜山手教会にて荒井由実と結婚し、彼女は「松任谷由実」となる。 1982年、フジテレビ系「FNS歌謡祭」で最優秀編曲賞を受賞。 1986年、音楽学校「マイカ・ミュージック・ラボラトリー」を開校し、校長を務める。同校の講師に桐ヶ谷仁がいる。 1987年、松任谷由実「DIAMOND DUST」コンサートツアーより演出を手がける。 2004年、NHK紅白歌合戦ではゆずのゲスト演奏者(ピアノ)として出演。 2005年、第34回ベストドレッサー賞(学術・文化 部門)受賞。 2007年7月23日、ロシア安全保障アカデミーよりロモノーソフ勲章を受章。 2009年10月1日、東京工科大学メディア学部客員教授に就任。 2010年、「ザ・ガーデニアヒルズ・オキナワ」プロデュース。
